再びの見参でございます。
今回は、「東西おもてなし比べ」という趣向で二冊ご紹介させて頂きます。
►『エリゼ宮の食卓-その饗宴と美食外交』(新潮文庫)
著:西川恵 新潮社 2001/05 344p ISBN-13:978-4101298313
単行本はこちら。
エリゼ宮の食卓―その饗宴と美食外交
エリゼ宮と言えば、
フランスの大統領官邸。
「
内政は首相が、外交に関する国家戦略は大統領が」というフランス的役割分担を考えれば、その「
おもてなし」とは、イコール「食卓外交」そのものを意味すると思って間違いございませんでしょう。
そしてそれはそのままフランスという国が、自国の食文化とその歴史を如何に考え、如何に利用し、如何に諸外国に喧伝しようとしているかを、端的に表したものになります。
ではその
「食卓」とは、一体如何なるものなのか?
フランス大統領は、一体何を基準にどういった哲学でもって料理を選択し、相手に出すのか?
しかも、わが国でも「美食」という言葉と硬いイコールで結ばれている、「おフランス料理」を……。
本書は、そのあたりを説明した本でございまして、実際に、公式訪問したアメリカ大統領や、我が国の天皇陛下への「おもてなし」がどんなものであったのかという例を出しつつ、その料理と、組み合わされたワインにどんな意味が込められているかを読み解いてくれます。
そこにあるのは、
一見すると華麗にして豪華、洗練の極みと言っていい美味の饗宴。
しかし
その隠し味は、個人の感情よりも国家の利益を優先する冷徹さと、したたかな戦略なのでございます。おお、クワバラクワバラ…。ワタクシなんぞ、そんな料理出されても、喉も通りませんよ。
もっとも、実際に本書内に書かれたメニューの数々、正直ワタクシのような完全無欠の「貧乏人」からすれば「それどんな味?」としか思えませんけどね(苦笑)
ワインなどはもっとそう。1981年のブルゴーニュがどうのこうの、シャトー・ディケムがどうのこうのと言われても、さっぱり…。それよりも、「いくらするの?」って方に興味がいってしまいます。(ツクヅク俗物だ…)
上記のような実際の饗宴における料理の話も実に興味深うございますけど、この
「美食外交」を裏で支える職人集団の話も面白うございます。
料理人、執事、ワインの管理人に、食器やグラスの管理人、果てはテーブルクロスの管理人……と、実に様々な職種の方がエリゼ宮では働いています。職人集団とは言っても、一応「大統領官邸」に勤めているわけですから、ちゃんとした公務員。面白い事に、大統領個人に仕えるような職種もあるそうですし、外務省や海軍などからの「出向」扱いの方もいるそうです。
「テーブルクロスの管理人」なんて、無駄に人を雇っているように思えますが、元々エリゼ宮は、かのポンパドゥール夫人の持ち物だったと言う由緒正しき宮殿です。その後のナポレオン時代やパリコミューンの時代を経て現代に伝わっていますので、食器一つ、テーブルクロス一枚にしても、歴史を経た「文化財」なわけです。従って、専門の管理人必要にもなる分けですね。何でも大統領でさえも許可無くは取り出せないほどだとか。
これは料理だけでなく、
「フランス」という国の歴史と文化をも饗宴に使っているということだと思います。
我々にはこれだけの文化と歴史がある。
我々の歴史が生み出した「食文化」は、これほどに洗練されている。
この二点を十二分に見せ付けながら、隠し味に政治を絡める。
本書を読めば、フランスと言う国の自信としたたかさを確認させられること請け合いでございます。
ついでに、如何に自分が「ビンボー人」なのかも……(涙)
そうそう、もし本書をお手に取る事がございましたら、合わせて『大使閣下の料理人』という漫画もお読みになることをお勧めいたします。ここにも、かのエリゼ宮の食卓が出て参ります。漫画ですので都合よすぎる展開ではございますけど、フランスの外交戦略を支える料理人集団の誇りとプロ意識を垣間見せてくれますよ?
►『 大使閣下の料理人』(モーニングKC全25巻)
著:かわすみひろし 原著:西村ミツル
講談社 1999/05 227p
ISBN-13:978-4063286311
文庫版(講談社漫画文庫全13巻)はこちら。
大使閣下の料理人(1) (講談社漫画文庫)
さて、現代西洋のおもてなし事情から、こんどは我が国へ。
と言っても、首相官邸ではなく、一気に時代を400年ちょっとさかのぼって、戦国時代へ。
►『信長のおもてなし 中世食べもの百科』(歴史文化ライブラリー240)
著:江後迪子 吉川弘文館 2007/9/21 193p ISBN-13:978-4642056403
本書では、
中世(主に室町期から戦国期)における日本の支配者階級の日記や文献などから、彼らが食していたモノや食事の形式、贈答品としての食物を紐解き、その食文化を探るというもの。
タイトルに「信長」っていうのが入っているのは……まぁ、一種の「ツリ」かもしれません……(苦笑)。
でも一応最初に、タイトル通り明智光秀が本能寺の変を起こす直接のきっかけとなった「
徳川家康への饗応」についての考察から始まってます。そこから、当時の「おもてなし」の食事を浮かび上がらせようってとこでしょう。まぁ中世とか室町を最初っから前面に出せば、読者が減りますし、多分イメージもしにくいでしょうから、取っ付きとしては悪くございません(室町好きにはムカつく現象でございますけどね)
さてこの「おもてなし」が、まぁものすごい量なんでございまして、「
一体いくつお膳が出るんだ!?」って感じでございます。出されたものすべてを味わうなら、食べるのは一口だけにするしかないと思えるほど。
使われている食材も、まさに山海の珍味。同じ食材も調理法を変えるなど、手が込んでます。筆者も書いておられるとおり、
同盟者を丁重にもてなすのに相応しいものだと思いますね。
このメニューから考えれば、光秀が信長から饗応の不手際を詰られたのは彼の手落ちではなく、癇癪もちの信長が一方的に怒ったという説の方が成り立つ気がして参ります。
これを入り口に、
周防の大大名大内氏の「おもてなし」の膳や、
足利将軍が臣下の家へ「御成」になった時の「おもてなし」、
大名家間での贈答品などを紹介して参るのが本書でございます。
これらを見ていくと、
今日のワタクシたちが考えるよりもずっと豊かな食材が当時すでに揃っていた事、そして現代に繋がる「懐石料理の本膳」の原型がすでにあるという事が分かって参ります。
特に驚くのは
「獣肉」の豊かさです。
たぬき、うさぎ、かわうそ、かもしか、いのしし、くま…と実にバラエティに富んでます。
仏教思想が広まった後は「獣の肉」は食べない、と思い込んでいましたが、どっこいそんな事はございませんね。むしろ現代のワタクシ達よりも選択肢が広い気さえいたします。だって、シカの肉なんてめったに食べられませんでしょ?これって、フランス料理で言うところの「ジビエ」ってヤツになるんじゃないかと思うのでございますよ。
お魚だって今と殆ど変わりませんし、当然の事ながら、養殖なんてありません。
すべて「天然もの(!)」でございますからねぇ。ううう、羨ましい……。おまけに「明石の鯛」なんてブランド品もすでに出来上がっていたようでございます。
お菓子類も、ボチボチ砂糖が入ってきていたり、甘蔓と呼ばれる天然の甘味料を利用したりで、種類も豊富です。名前に中国や朝鮮の影響も見られますね。
本書を読めば、現在ワタクシ達が食べているものの大半は、すでに室町期に存在していたんだということがよく分かります。
但し、これはあくまで「支配者階級」の話。一般庶民の食生活がもっと貧しいものだったのは簡単に想像できますこと。
が半面で、そういう豊富な食材を大量に生産流通させる力を当時の民衆は持ち始めていた、生産の余剰とそれにともなう商業的な豊かさが芽生えつつあったとも解釈は出来ます。
残念な事は、すでにその品物が生産されなくなり、名前しか分からないものも多いこと。
調理法もそうで、
当時まだ醤油が普及していないので(そう、意外に思われるかもしれませんが、味噌の方が歴史は古いんです)塩と味噌が味付けの基本になるようですけど、それがどんな味かはわからない。味噌にしても、当時の味噌は「食品」の一つで、今のような使用法ではなく、つまんで食べていたそうでございますのでね。
何分400年の時がたっておりますので、分からないことも多いようではございますが、この時代に後の食文化を支える芽が出ていたというのは、本書をもって十分に伝わる事と思われます。