『隠蔽捜査』
*吉川英治文学新人賞受賞
*単行本 新潮社 2005/9/21 317p ISBN-13:978-4103002512
*文庫本 新潮文庫 2008/1/29 409p ISBN-13:978-4101321530
*テレビ朝日「土曜ワイド劇場」にてドラマ化 2007/3/10放送
「驚愕のもみ消し工作・カレンダーに並ぶ4日ごとの印の謎!?残虐犯の軽すぎる罪を銃口が狙う」
*舞台化 2011/10/19~30 シアター1010にて 主演:上川隆也
公式HP http://inpei.jp/
【紹介者:ポトス】
主人公・竜崎は変人である。
と言っても驚くには値しない。小説の主人公とは得てしてそうしたものだからである。モチロン、ごくごく「普通」の人間である場合もないわけでもないが、奇々怪々な謎を解き、ワクワクと楽しませてくれるミステリである以上、やはり一風変わった変人が主人公であることは望ましいことであろう。
竜崎伸也、46歳。
警察庁長官官房総務課課長。妻ひとり、就活中の娘がひとり、大学浪人中の息子がひとり。
ハテ。
ワタシは首を傾げる。
実はポトス、つい近年まで警察庁という組織を認識していなかった。
こら。
鼻で笑ったそこなアナタ。ミステリ好きではない一般人などそんなものなのだよ。貴方のその博識さを誰もが持ち合わせていると思ってはいけないのだ。
とはいえ、こうしてカミングアウトする事が己れの無知をネタに笑いをとろうとする姑息な手段であり、かつ、厚顔さを晒していることは重々に承知の上ではあるが、事実なのだからだ致し方あるまい。
それに、ワタシと同じ様な人間がいないとも限るまい、というのもまあ言い訳ではある。
へ? 警視庁と警察庁って組織が違うの? とバカ面を向けるワタシに懇切且つ丁寧に説明してくれたのは一回りも年下の友人である。
その時まで知らなかったことではあるが、実は彼女のお父君は警視庁にお勤めだったのだ。ほおおおお。正直驚いた。お父君とは数回お会いしたこともあるのだが、大変物腰の柔らかな畑仕事・庭仕事の好きな紳士である。かつて○課にいらしたこともおありだと伺っても、ワタシには一向に想像できない。警察は好きではないが、そのおひとりおひとりが嫌いなわけではないということだ。
もとい。
国の警察行政機関として、内閣総理大臣の所轄の下に国家公安委員会が置かれ、さらに、国家公安委員会の管理の下に警察庁が設けられています。警察庁(町は警察庁長官)は広域組織犯罪に対処するための警察の態勢、犯罪鑑識、犯罪統計等警察庁の所掌事務について都道府県警を指揮監督しています。
と、警察庁のHPにあった。(
こちら)
要するに、
警察庁とは国の行政機関で、
警視庁というのは東京都の警察組織だったのだな。
つまり警視庁も一都道府県の組織ということで、警察庁に指揮監督される立場なわけなのだな。ふんふん。警視総監がお巡りさんの中で一番エライ人だと思っていたが、警視総監というのは警視庁の長なのだったのというわけか。
と、理解した。
つまり警察庁に勤めるのは国家公務員であり、長官官房総務課課長という肩書きはエリート官僚である事を示しているらしい。
ちなみに、ワタシは組織の肩書きに大変疎い。
夫の肩書きも今もってよくわからない。何しろ部署名も役職名も何度も変わるので、もう覚える事を諦めてしまった。――何だかよくわからんが、一生懸命働いているらしい。貴男のお陰でウチは食べていけるのである。大変感謝しておるぞよ。
という認識しかないので、長官官房総務課課長という肩書きなど読み飛ばしてしまったのだが、組織図を見る限りでは、どうやら大分エライ人らしい。
こほん。
竜崎は、国のために日夜身を粉にして働いているのであった。
この男のエリート意識の高さは半端ではない。
東大以外は大学ではないと言い切り、一流私立大学に合格した息子の進学を認めず、浪人させている最中である。モチロン、己れ自身、東大卒ではある。それは自身、小学校時代から日々たゆまぬ努力を続けてきた結果であるという。
そんな竜崎のライバルは、同期の伊丹俊太郎。警視庁刑事部長である。明るく爽やかな好青年…ではなく、好中年(笑)。伊丹は私大卒であり、竜崎とは小学校の同級生である。この伊丹への竜崎の思いは大変に複雑であり、これがワタシ的には大変ツボ(笑)。
さて国のために全力を尽くしている竜崎に家庭があること自体不思議である。
いや、彼自身木の股から生まれたワケではなかろうから、親兄弟がいることはなんら不思議はないが、妻子がいるというのは少しばかり驚かずにはいられない。何しろ竜崎に家庭サービスという概念は存在しない。いや、当然知識として持ってはいるが、自分には関係ない物だと考えているのだ。
よく家庭崩壊しとらんな。実は仮面夫婦じゃないのか。
そう勘ぐったワタシは、妻の冴子ちゃんが大変お気に入りである。鈴木京香さんが演じられたらお似合いではなかろうかと思うのだが。
ちなみに、息子の進学先にケチを付け浪人させた関白親父も、実は娘にはそうではない。では、愛娘を可愛がっているのか、というとそうでもなく、要は娘の進学先には興味が無いだけの話。ジェンダー的にいかがなものかと思わなくもない。だが、それも他人様のご家庭だ。ワタシがクチを挟むべきものでもない。
さて、唐突だが事件が起こる。いや、ストーリー的には必然の流れだが。
殺人事件の発生。と同時に、家族の不祥事が発覚する。
竜崎伸也、絶体絶命のピンチである!
このピンチを如何に切り抜けるか!?
というのがこの話の骨子である。勘の良い読者にはタイトルからその事件内容まで一目瞭然ではないのかと思われるが、ワタシ自身は全く見当も付かなかったニブい読者であった。
これ以上、ネタバレせずに話を進めるのは難しいので、そのお覚悟を持った方のみ、次へ進んで欲しいと思う。
「ブレない竜崎」というのが、このシリーズのデフォルトである。
「国のために働く」事が建前であり、且つ、本音でもある竜崎には、独特の正義がある。
しかも正論この上なし。誹られる事もないであろう、と思える。
かつてこの本を初めて読んだ頃のワタシは、深い混迷の中にいた。
次々と問題が持ち上がり、ワタシを揺るがす。バーチャルでもリアルでも、一斉に問題が表出した感があった。感情に流され、自信を無くしたワタシは信じる拠り所を失い、誰かに縋り付いてしまいたかった。これは間違いないという拠り所が欲しかった。いや、「ワタシは間違っていない」という自信を与えて欲しかったのだ。
そんなワタシには、竜崎の姿はこの上なく清々しいものに映った。
竜崎のように在りたい。
そう、思った。
だがしかし。
1年が経ち、再度読み返してみれば、竜崎ってば、可愛い。のだよ。
ブレない竜崎?
確かにそうだ。間違ってはいない。
だが、それは結果としてそうだったという話。
竜崎は、いじましいほどに「凡人」だった。
家族の不祥事に、貴方ならば何を思うだろうか。
倫理的道徳的呵責か。家族の将来への不安か。そうしてしまった自分の罪か。
竜崎は違った。
彼が一番に、そして最も強く長く苦しんだのは、「自分の努力は報われなかった」という事だ。
ありえん! 警察官として、家族が罪を犯したことを自分の責と感じんのか?
(笑)
竜崎は苦しむ。
俺が小学生の頃から努力してきたのは何のためだったのか!? と。
あの伊丹に負けるのか、と。
俺の定年後の悠々自適生活はどこへ行ってしまったのだ!? と。
この「小学生の頃から」というのは、伊丹にいじめられた過去を持つ竜崎の異様に高いプライドの根源である。伊丹などにいじめられてたまるか。このいじましいばかりの決意が、彼をエリート官僚へと押し上げたのだ。
何と正直な男であろうか。
大義名分を掲げることなく、己れの不遇を嘆く。
その真っ直ぐさに、ワタシは惹かれたのだ。
感情に左右されまいとする竜崎の、ぐだぐだな感情に触れて、ワタシは竜崎という男に惚れてしまった。
竜崎が、公私どちらの事件にもああいう結論を引き出したことは、結果でしかなく、だが、必然であったとも思う。
「JIN-仁」というドラマを覚えておいでだろうか?
あそこに出てきた、本道奥医師・多紀元えん。
このふたりはよく似ている。
欲も、妬みも、嫉みも抱えつつ、それでも、最後の道を選び違えないという一点で。ワタシは、非常によく似ていると思う。
竜崎節が唸る。
その心地よさに安心して浸ることができるのは、その心にあるいじましさを知っているからだ。竜崎はイデオロギー的正義を振りかざすことは、決してしない。それを拠り所としていないからだ。
犯行現場の描写が一切描かれないという稀な警察小説。(笑)
是非、ご一読をオススメしたいこの秋の一品である。
しかし。
やっぱり家庭崩壊していないのは、ひとえに冴子ちゃんのお陰だと思うぞ。大事にしたまえよ、竜崎くん。
一応、2巻以降の簡単なご紹介。
第2巻-大森署の署長となり、現場で指揮を執るカッコイイ竜崎が見られます。
第3巻-あの竜崎が恋をした!? 竜崎伸也、そこになおれえええい! という世にも珍しい竜崎が見られます。
第4巻-竜崎節の冴え渡る、痛快時代劇! 印籠を出す竜崎が見られます(笑)
番外編3.5巻-主役は伊丹俊太郎。スピンオフ作品です。
『果断-隠蔽捜査2』
*山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞
*単行本 新潮社 2007/04 317p ISBN-13:978-4103002529
*文庫本 新潮文庫 2010/1/28 405p ISBN-13:978-4101321561
*テレビ朝日「土曜ワイド劇場」にてドラマ化 2008/10/4放送
「隠蔽捜査2~果断・所轄署VS警視庁特殊班・人質夫婦が料理を作る奇妙な立てこもり事件・“カラ弾倉の謎”・署長の危機!」
*舞台化 2011/10/19~30 シアター1010にて 主演:上川隆也公式HP http://inpei.jp/
『疑心-隠蔽捜査3』
*単行本 新潮社 2009/03 330p ISBN-13:978-4103002536
『転迷-隠蔽捜査4』
*単行本 新潮社 2011/09 337p ISBN-13:978-4103002550
『初陣-隠蔽捜査3.5』
*単行本 新潮社 2010/05 291p ISBN-13:978-4103002543
それから、ドラマの感想。
ワタシが見たのは「隠蔽捜査2-果断」だけですが。
伊丹をギバちゃん-柳葉敏郎氏が好演しています。ワタシは原作を読んでいても、伊丹の台詞はギバちゃんの声で聞こえます。ギバちゃん、ナイスです!
肝心の竜崎は、だがしかし。陣内さんの所為ではないと思うが。
竜崎はあんなにすぐに感情的になんかならないやい! あんなの竜崎ぢゃないもーーーーん!! と大泣きしたポトスである。
よくある2時間枠刑事ドラマ、だとワタシは思った。
そういうイミでは悪くはなかったと思うけど。けど、けど。けど。だと思う。
以上。